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遺体修復士の備忘録

2025.03.26 アニメ・特撮ヒーローから鑑みたグリーフのコラム

【シリーズ第2弾】『夏目友人帳』に学ぶ、やさしい“供養”と心の癒し

― 終末期ケア専門士が読み解く、見えない存在との向き合い方 ―

「見えないけれど、確かにそこにいる存在」。
それが人の“記憶”であり、“想い”であり、“魂”なのかもしれません。

『夏目友人帳』は、妖(あやかし)と人間の交流を通じて、喪失や再生、癒しを静かに描く作品です。
終末期ケア・グリーフケアに関わる者として、この作品にはとても深いメッセージを感じています。


1. “名を返す”という供養のかたち

主人公・夏目貴志が妖たちに「名前を返す」行為は、まるで供養やお別れの儀式のようです。

  • 名前=その存在の証
  • 名前を返す=アイデンティティの解放と癒し

それは、私たちが行う「納棺」「声かけ」「形見分け」といった儀式にも通じます。
“その人(存在)らしさ”を尊重し、静かに見送るという行為は、まさにグリーフケアの本質です。


2. 妖=“見えない存在”は死者のメタファー

『夏目友人帳』に登場する妖たちは、どこか死者のイメージと重なります。

彼らはこの世に未練を持ち、姿をとどめる存在。
夏目は、そうした“見えない声”を受け取り、寄り添い、手を差し伸べる役割を担っています。

これは、終末期ケアや遺族支援の現場において、語られなかった想いをくみ取るケアワーカーの姿に通じます。


3. 孤独と再生──夏目自身の心の旅

夏目自身もまた、家族を早くに亡くし、孤独を抱えて育った存在です。

しかし、妖との出会いや理解者たちとの関わりの中で、少しずつ心を開き、“居場所”を得ていきます。

それはまるで、喪失を経験した人が、新たなつながりを通して“再生”していくプロセスのように感じられます。


4. “ニャンコ先生”に見る世代間ギャップ

昭和世代にとって「ニャンコ先生」といえば、アニメ『いなかっぺ大将』に登場した柔道の指南役を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

一方、令和の若者たちにとってのニャンコ先生は、『夏目友人帳』の斑(まだら)──ふてぶてしくも頼れる存在。

同じ“ニャンコ先生”でも、世代によってまったく異なるイメージを持っているのは興味深いことです。

それはまるで、“死の捉え方”や“供養のかたち”が、時代によって変わっていくことと似ているように思えます。


5. 死と向き合うことは、“見えないもの”を信じること

『夏目友人帳』は、死を直接描くわけではありません。

それでも、物語の根底には「別れ」「記憶」「想いを伝える」といった、グリーフケアに通じる要素がたくさん込められています。

大切なのは、見えないけれど、確かにそこにあるものを大切にすること
この作品は、そんなやさしいまなざしを教えてくれるのです。


まとめ:『夏目友人帳』は、癒しと再生の物語

終末期ケアやグリーフケアに関わる者として、『夏目友人帳』は一つの理想的な物語に見えます。

見えない存在に寄り添い、名前を返し、想いを解き放つ。
そして自分自身もまた、孤独の中から少しずつ再生していく。

この作品は、命の終わりと向き合うすべての人に、「やさしく寄り添うこと」の意味をそっと教えてくれる、そんな物語です。


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この記事が、誰かの心にそっと灯りをともすきっかけになりますように。