2025.03.24 人間心理の深層
【語られない幽霊たち】なぜ黒人の心霊写真や怪談を見かけないのか?文化と記憶の盲点に迫る

こんにちは。遺体修復士・グリーフケア専門士のエンゼル佐藤です。
今回は、長年心霊現象や怪談に触れてきた中で、ふと気づいた「ある不在」についてお話しします。
私は還暦を迎えるまで、様々な心霊番組、怪談、心霊写真を見聞きしてきました。
しかし不思議なことに、これまで「黒人の幽霊」や「黒人の霊が写った心霊写真」を見た記憶がまったくありません。
それは偶然なのか、それとも何か意味があるのか?
今回は、文化・社会・想像力の側面から、この“不在”の意味を探ってみたいと思います。
幽霊とは「誰かが語ったもの」である
まず前提として、私たちが「幽霊」として認識しているものの多くは、実在する現象というよりも、文化や物語の中で作られた存在です。
たとえば:
- 日本では白装束・長い黒髪・足のない幽霊
- 西洋ではドレス姿や中世の甲冑を身につけた幽霊
つまり幽霊とは、「どの文化で、誰によって語られたか」によって姿形も性質も異なるのです。
幽霊は“死者の姿”であると同時に、“生きている人が想像した像”でもあるのです。
ではなぜ黒人の幽霊は語られないのか?
歴史的に見れば、黒人の方々は世界各地で差別や迫害を受け、無念の死を遂げた事例も少なくありません。
にもかかわらず、心霊写真や怪談に登場するのは、圧倒的に白人かアジア人の幽霊ばかり。
「恨みを残して死んだ者が化けて出る」というなら、黒人の霊がもっと語られてもよさそうなものです。
それがほとんど語られないのは、偶然ではなく、文化的・無意識的な“不可視化”ではないかと私は考えます。
幽霊に“なる”にも文化が必要
幽霊とは「見られ」「語られ」「記憶される」ことで存在します。
裏を返せば、語られない者・記憶されない者は、幽霊にすらなれないのです。
これこそが、心霊現象が単なる超常現象ではなく、私たちの社会構造や文化の鏡であることを示しています。
「闇夜のカラス理論」では納得できない
時折、「黒人の幽霊が見えないのは暗くて見えないから」などと冗談めかして語る人もいます。
しかし私はそうした“闇夜のカラス理論”では一切納得しません。
見えない理由は「光」の問題ではなく、“語られる視点”の問題
文化の中の「想像されない存在」
これは心霊に限らず、映画・アニメ・歴史書・教科書などでも同様です。
「語る側」に想像されなければ、「登場する側」にはなれません。
幽霊として語られない存在がいるという事実は、社会の“見えない構造”
幽霊は誰のために現れるのか?
心霊現象や怪談を「死者の声」として聞くとき、私たちはそこに誰の姿を見ているのか――。
それは死者自身の語りではなく、生きている私たちが“見たいもの・見えるもの”を投影した像 結びに:見えない幽霊が問いかけているもの 黒人の幽霊が語られないというこの“不在”は、人種や歴史、記憶の選別といった深い問題 誰が幽霊になり、誰が幽霊になれないのか。
その違いは、「死者の力」ではなく、「生者の想像力と無意識」が決めている 次回予告:「幽霊は誰によって生まれるのか?」 次回は、「語られる幽霊・語られない幽霊」というテーマをさらに掘り下げ、
“幽霊とは誰の視点で描かれるのか”という文化的・社会的側面を考察します。 ※本記事は差別や偏見を助長する目的ではなく、文化的・社会的な視点から心霊現象を読み解くための考察です。
あらゆる人々の記憶や歴史が公平に語られる社会を願って、丁寧に書きました。