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遺体修復士の備忘録

2025.04.18 グリーフ関連のコラム

誰のための万博だったのか? 大阪湾に沈んだ日本の未来

2025年に開催予定の「大阪・関西万博」。本来なら、世界に向けて「日本の未来」「技術力」「文化力」を誇示する一大イベントであるはずだった。

しかし、現実はどうか。

  • パビリオン建設は大幅に遅れ、
  • 建設費は当初の見積もりを大きく超過し、
  • コンセプトは曖昧なまま、
  • 会場周辺のインフラ整備も進まず、
  • マスコットキャラクターには国民から困惑と失笑が相次ぎ、
  • 何より国民の期待感は限りなくゼロに近い。

「未来社会の実験場」というキャッチフレーズがむなしく響く。むしろ今、万博会場で世界に晒されつつあるのは、成長を失った国の、疲弊と迷走の姿ではないだろうか。

本当に万博が目的だったのか?

なぜ、ここまで悲惨な状況に陥ったのか。答えは簡単だ。万博開催自体が、本当の目的ではなかった可能性がある。

万博は表向きの看板。本当に欲しかったのは、

  • 莫大な建設費に群がる利権
  • 万博後に控える大阪湾カジノ(IR)構想

だったのではないか。

海外パビリオンの建設が間に合わない?問題ない。そもそも「半年で壊す予定の仮設施設」なのだから、最初から本気で建てるつもりなど無かったのかもしれない。

そう考えれば、いま見えているすべての”異常”が、むしろ自然な帰結に見えてくる。

開幕してすぐに露呈した現実

「並ばない万博」が「3時間待ち」、そしてわずか3日で閑古鳥

2025年4月、大阪万博は開幕した。しかし、蓋を開けてみれば、そこにあったのは理想とは程遠い光景だった。

もともと「混雑しない設計」をアピールしていたはずの会場が、一部人気パビリオンでは最大3時間待ちという長蛇の列。スタッフ不足、誘導ミス、段取りの悪さが露呈し、現場は混乱を極めた。

にもかかわらず──開幕からわずか3日目には、来場者数は5,000人未満にまで落ち込み、会場内はガラガラという惨状を呈していた。

「未来を体感する万博」が、現実を突きつける絶望ショーに変わった瞬間である。

「未来型万博」の名ばかり 〜現地で待っていたのは、不便と苦行〜

1. 入場ゲートで大混乱

入場に必要なQRコードの読み取りが、会場内のネットワーク不安定によって大幅に遅延。入場ゲートでは長蛇の列が発生し、「そもそも会場に入れない」という本末転倒な事態となった。

2. キャッシュレス地獄

万博は完全キャッシュレスを導入。しかし、通信トラブルにより電子決済が使えないケースが頻発。自販機でジュースを買うことすら困難になった。

さらに、

  • 飲食スペースの椅子に座るだけで550円徴収
  • 駅そば定食で2,000円超えのインバウンド価格設定
  • レジ袋の提供なし、傘の持ち込みも禁止

など、不便極まりない状況が来場者を苦しめた。

3. 仮設以下の「休憩所」と「トイレ」

「休憩所」と称して用意されたのは、ワイヤーで吊るした無機質な岩──しかもベンチなし。さらに2億円の予算が投入されたはずのトイレは、見た目は仮設トイレレベル。開幕初日にはほぼ全トイレで故障という失態も発生した。

4. 教育現場まで巻き込んだ混乱

大阪府は、修学旅行先をUSJから万博へ変更するよう指導。これに父兄が猛反発し、学校側も混乱に陥った。

大阪万博が生んだもの 〜国民に押し付けられた”巨大なグリーフ”〜

大阪万博が今、私たちに突きつけているのは、単なるイベントの失敗ではない。

それは、

  • 長年支払ってきた税金が無為に消えた痛み
  • 誰も責任を取らないシステムへの怒り
  • 未来に対する希望を裏切られた絶望感
  • そして、この国に対する深い喪失感

これらすべてが折り重なり、国家規模のグリーフとなって、静かに私たちの心に広がっている。

未来を奪われた怒りを、記憶せよ。

大阪万博は、終わればただの一過性のイベントだった──そう言って忘れてはいけない。

これは、未来への希望すら食い潰した国家プロジェクトだったという事実を、私たちは記憶しなければならない。

希望を失う痛み(グリーフ)を無かったことにはせず、怒りと失望を次の時代への糧にしていこう。