2019.08.24 エンゼル佐藤について
遺体修復士という仕事 〜最愛のお爺ちゃんとの別れが教えてくれた使命〜

こんにちは。
私は遺体修復士のエンゼル佐藤と申します。
「おくりびと」との違いと、私が修復士と名乗る理由
「おくりびと」と言えば、多くの方が映画を思い浮かべるでしょう。しかし、私自身は商標の関係で名乗ることができません。
映画『おくりびと』にも似た部分はあるかもしれませんが、現実の仕事はもっと地味で過酷な裏方の仕事です。目立ちたくてこの道に入ったのではありません。私は、深い後悔と痛みから、この道を選びました。
お爺ちゃんの急逝と、私の後悔
私には、婚家先にとても大好きなお爺ちゃんがいました。
本が好きで教養があり、私の子どもたちにも本の面白さを教えてくれた、大切な存在でした。
ある冬の日、そのお爺ちゃんが突然、自宅で倒れ、帰らぬ人となりました。
私が最初に思ったのは、「せめて綺麗な姿で見送ってあげたい」ということ。
看護師としての知識を活かし、育児休業中だった私は自らエンゼルケア(死後の処置)を行いました。
あり合わせの道具で清拭し、脱脂綿を詰め、浴衣に着替えさせ、頬に含み綿を入れ、髭も剃って、できる限りのことをしました。
「いいお顔になったね」
親族やご近所の方もそう言ってくださいました。
――しかし、それが悲劇の始まりだったのです。
死後に変わるお顔――誰も教えてくれなかったこと
翌日、剃ったはずの髭が伸びてきたのです。
そして、少しずつ口が開いてきました。午後には、大きく開いてしまっていました。
頬のくぼみが戻り、笑顔のように見えた表情はもうありません。
包帯のように顎を縛りましたが、うまく閉じません。
さらに――腐敗臭が部屋に立ち込めはじめたのです。
寒い真冬だったにもかかわらず、わずか二日で異臭が…。
「冬だからドライアイスは要らない」――そう思い込んでいた私の知識は、現実に通じませんでした。
オムツの中を確認しようとしたその時、目に飛び込んできたのは、お爺ちゃんの緑色に変色したお腹でした。
まるでアマガエルのような緑…。あまりの衝撃に、私は手を離し、その後のお葬式に顔を出すことができませんでした。
逃げた私、そしてその後悔が教えてくれたこと
なぜ、腐敗が止まらなかったのか?
なぜ、色が緑に変わったのか?
なぜ、口が閉じないのか?
あの時、何がいけなかったのか?
私は答えを求めて、映画『おくりびと』を観ました。
そして、「おくりびとアカデミー」にも参加しました。
でも、そこに私の求めていた答えはなかったのです。
必要だったのは着替えの作法でも、派手な演出でもなかった。
――「あの時のままのお爺ちゃんの笑顔」を取り戻すための知識と技術が、欲しかったのです。
本物の学びと出逢い、そして使命へ
その後、私は10年の歳月をかけて学び直しました。
- 遺体感染管理士の資格取得
- 冷却技術と腐敗のメカニズム
- 変色・変形への対処
- 修復と復元の専門技術
幸い、私はこの分野のトップクラスの知識と技術を持つ恩師と出会うことができました。
私の学びは今も続いています。すべては――
あのときの私のように、深い後悔と苦しみの中にいる誰かを救うために。
あなたの「悩み」と「苦しみ」を救うヒントに
「遺体修復士」という仕事は、華やかではありません。
けれど、誰かの人生の最後を優しく包み込む、とても大切な「志事(しごと)」です。
このページに辿り着いたあなたは、もしかしたら、
かつての私と同じように「どうして?」という気持ちを抱えていませんか?
私の体験が、少しでもあなたの助けになりますように。
悩みを抱えるあなたの心に、静かに寄り添えますように。