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ご遺体のお医者さん

2023.11.9 事例

点滴の瓶と蛍とリハビリ

こんにちは、遺体感染管理士のエンゼル佐藤です。
今回は、自分が看護師をしていた時のお話です。
多少、フェイクを含んでおりますのでご了承ください。

時代は昭和末期、60年近い頃ですから既に40年近く昔の出来ごとになります。
当時の自分の身の周りには、まだ自然が豊富で蛍がどの田んぼにも普通に生息していた時代でした。
外科と整形外科との混合病棟に、自分は勤務していて、今の様に各科が細分化されてもいない時代でした。

その病棟に下肢骨折で70代のご婦人が入院してきました。
仮にAさんとしましょう。

Aさんは生まれは東京で結婚を機に田舎にご主人とやってきました。
しかし、子供には恵まれずにご主人を亡くした以後は一人暮らし。
そんな折に転倒骨折をしてしまいました。

手術で処置はされ、後は骨が付いてリハビリをすれば退院の流れになります。
しかし、骨が付きリハビリの時期が来てもAさんは頑なにリハビリを拒絶します。
治癒して退院すれば、また一人暮らしに戻るのが嫌だったのです。

さて、どうしたものかと病棟でも頭を悩ませていました。
Aさんにリハビリをする気力を持たせるには?

そんな折に、検温でAさんと話をしていた際に、田舎には何の楽しみも無く、しかし、都会にはもう帰れないと嘆かれました。
「田舎にもいい所はあるけれど?」
「いい所?それはどこ?」
「そうねぇ。いまの時期は田んぼに沢山の蛍が飛んで、とても幻想的だしカエルの合唱も自分は好きだけどなぁ」
何気にそんな事をAさんに話しました。

「ここら辺には蛍が居るの?私は都会育ちだから、実際に見た事が無いの」
そう言うAさん。
「ああ、そうなんだ。蛍を見たことが無いのね?じゃあ、今度持って来るね」
自分はそうAさんと約束をして、廃棄物置き場に棄ててあった点滴の瓶に蛍を数匹入れて、Aさんの病室に届けたのだった。

昼間に見ると、小さな頭の赤い全身が黒い何とも色気の無い虫が数匹、瓶に入っている。
Aさんが瓶を覗き込みながら、怪訝そうな顔をする。
「これが蛍?ちっとも光らないけど?」
「それは、夜になったらのお楽しみね」

その夜、Aさんは瓶の中で光る蛍を産まれて初めて見て、もの物凄く感動したらしい。
検温に来た看護師を捕まえては、蛍の光る様子を興奮気味に語っていた。

自分がAさんの病室を訪ねると、興奮したAさん。
「蛍って、凄いわ!なんて綺麗なの!ありがとうね」
「喜んで貰えて良かった。でもね、Aさん」
「なに?」
「蛍って長くは生きられないのよ」
「えっ!そうなの?」
「蛍は成虫になると、草の夜露や川の水とかの水分だけを飲んで、数日で死んでしまう生き物なのよ」
「じゃあ、この蛍は、、、、」
「瓶の中の草と、お水を交換すれば少しは長生きするかもだけどね」

それを聞いた、Aさんは何と翌日から足を引きずりながら、病院の傍の草を取り、瓶の水の交換を始めた。
あれほど、歩く事を拒否していたAさん。
その甲斐あってか、蛍はなんと一週間も瓶の中で生きたのだ。

瓶の蛍が死んでから、Aさんが落ち込む事を心配したのだが、Aさんは今度は自然に飛ぶ蛍を見たいと言い出した。
自分の足で歩いて、広い自然の中を乱舞する蛍。
そして、カエルの合唱も聞きたいと言う。
以来、Aさんはリハビリを積極的にこなし、無事に退院の運びとなった。

退院の際に、蛍が群生する場所の地図も渡しておいた。
きっと、自分の足で歩いて見に行った事だろう。

このお話はここまで。
後日談とかはありません。

リハビリの本当の意味とは?

この事をきっかけに、自分はリハビリの意味を考えさせられる事になりました。
病院は病気や怪我を治す場所ではありますが、本当の意味でのリハビリとは?
何故か、病気を治す気力の無い患者さんを見た経験のある看護師さんはいると思います。
その原因は?

治療が投薬や理化学に沿ったリハビリを行うだけでは治らない。
そう感じた事案でした。
近年、終末期ケア専門士の資格を取った際にも、人の終焉に必要な事とは?
良い、看取りとは?

まだまだ、学ぶ事が沢山あると感じる今日この頃です。