2025.03.26 グリーフ関連のコラム
人はなぜ「腐敗臭」を嫌うのか?~腐肉を食べる動物と私たちの違い~

私たち人間は、腐った食べ物や死体の匂いに対して強い嫌悪感を抱きます。これは単なる「好み」の問題ではなく、私たちの生存戦略と深く関わっています。
一方、ハイエナやハゲワシ、あるいはウジ虫のような生物たちは、腐敗した肉をむしろ「ごちそう」として認識しています。この違いはいったいどこから生まれたのでしょうか?
本記事では、「腐敗臭はなぜ不快なのか?」「腐肉を食べる動物にはどう感じられているのか?」という視点から、科学的知見とともに考察していきます。
腐敗臭とは何か? ~“危険信号”としての匂い~
死体や腐敗した肉から発せられる匂いには、以下のような化学物質が含まれています。
- カダベリン(cadaverine)
- プトレシン(putrescine)
- 硫化水素、アンモニア
- インドール、スカトール
これらは死後のたんぱく質分解の過程で生じ、私たちの嗅覚に強い刺激として届きます。人間はこれらの匂いを「強烈に不快」として処理します。
この反応は本能的なものであり、「そこには病原菌が潜んでいる可能性が高い」という危険のサインなのです。
実際、乳児であっても腐敗臭や刺激臭に対して明確な嫌悪反応を示すという研究があります[1]。これは、人間が腐敗臭を回避するように生得的にプログラムされていることを示しています。
一方、腐肉を食べる動物たちは?
自然界には腐肉を主食とする動物たちが数多く存在します。たとえば:
- ハゲワシ: 高空から腐敗臭を頼りに死体を探し当てる
- ハイエナ: 病気のリスクが高い腐肉も消化できる強靭な消化器を持つ
- ハエやウジ虫: 腐肉に卵を産み付け、そこを幼虫の栄養源とする
彼らは人間とはまったく逆に、腐敗臭を「食べ物のサイン」として感知します。つまり、腐敗臭の意味づけが生物によって正反対なのです。
また、彼らの消化器官は非常に酸性度が高く、一般的な病原菌や毒素を無害化できるように進化しています[2]。
人類の進化と「不快感」の意味
人類は進化の過程で火を扱い、食材を加熱調理するようになりました。その結果、新鮮な食材を選び、腐敗を避けるという行動様式が文化として根付きました。
腐敗臭に対する嫌悪は、この中で生存確率を上げてきた行動の一環であり、現代にまで続く進化的に獲得された忌避反応です。
理化学研究所の研究では、ショウジョウバエの脳内で「匂いの快・不快」を決定する神経メカニズムが解明されており、感情的な“好き・嫌い”ではなく、生存の成否に関わるシステムであることが示されています[3]。
しかし一部では「制御された腐敗」を楽しむ文化も
興味深いことに、人間は「一部の腐敗」を美味として受け入れる文化も持っています。
- 納豆(日本)
- ブルーチーズ(フランス)
- くさや(伊豆諸島)
- シュールストレミング(スウェーデン)
これらは全て、腐敗プロセスを制御し、安全にしたうえで風味として楽しんでいる例です。
ただし、それらを「初めて嗅いだ」人の多くは、最初に強烈な嫌悪を感じるはずです。やはり腐敗臭に対する拒絶反応は、本能的な防衛反応として深く刻まれているのです。
おわりに
人間は腐敗臭を「不快」と感じるように進化し、それによって感染症や中毒のリスクから身を守ってきました。
一方で、腐肉を食べる動物たちは、同じ匂いを「餌の匂い」として感じ取るように進化しています。匂いとは、単なる“においの強さ”ではなく、その生き物にとってどんな意味を持つかがカギとなるのです。
私たちが「臭い」と思う腐敗臭も、ある種の命のサインとして存在している。そう考えると、日常の感覚にも少し違った視点が生まれるかもしれません。
引用・参考文献
- 乾 賢(2004)『食べ物を嫌いになる理由』日本心理学会第74回大会発表論文集, pp.9–12.
https://psych.or.jp/wp-content/uploads/old/74-9-12.pdf - 鈴木康司・森田信二(2012)『生活環境における不快臭の主成分の解明および官能評価による手法』日本空気清浄協会誌, 53(5), 285-291.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jao/53/5/53_285 - 理化学研究所(2016)『匂いの好き嫌いを決める脳内メカニズムを解明』
https://www.riken.jp/press/2016/20160617_1/