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遺体修復士の備忘録

2025.04.9 カルテに書けない事件簿

【実録】生卵をそっと、あなたに。〜明治の心遣いと現代の衛生管理〜

それは私が外科病棟勤務をしていたときのこと。
今でも忘れられない、最大級の「ありがた困る」エピソードです。


明治生まれの元気なご婦人

患者さんは、虫垂炎(いわゆる盲腸)で入院していた高齢の女性。
手術も順調に終わり、いよいよ退院も間近。

その方は明治生まれということもあり、
「卵は貴重な栄養源」という価値観を大切にされていたようです。

売店で買った卵に、細く穴を開けてお醤油をちょっと垂らし、
ぐいっと飲むのが健康法なのだとか。


そんな卵を「看護師さん、どうぞ♪」

そして迎えたある日のこと。
退院を控えたその女性患者さんが、私にそっとティッシュに包まれた何かを差し出しました。

「これ、ほんの気持ち。世話になったから…」

中身は……まさかの、生卵!

しかもティッシュに直包み!!!

慌ててこう返します。

「あ、今、勤務中なので……」

やんわりと、できる限り丁寧に、そして確実に断ったつもりでした。が。

「大丈夫よ、隠れてそっと飲んじゃいな♪

ちょっ、衛生管理ィィィ!!

いや、ありがとうございます。本当にありがたいんです。
でも……どこの卵?いつの卵?冷えてないけど大丈夫??


断りきれない、優しさの暴走

戦中戦後を生き抜いてきた世代の「真心」と、
現代医療の「リスク管理」は、時に激しくぶつかります。

断るには申し訳なく、
でも受け取るわけにもいかず――

そのティッシュ包みの生卵を前に、
私は人生最大のもどかしさを味わったのでした。


まとめ|善意のギフトが、最大の悩みに

患者さんの「ありがとう」の気持ちが、
思わぬ形で届けられるのが病棟の魅力(?)かもしれません。

でも、これだけは言わせてください。

生卵は、そっと心に飲み込みました。